環境特集
生物多様性の危機を示す「生きている地球指数」

50年間で73%減少
地球上の生物多様性が急速に失われつつある現状を、定量的に示す代表的な指標に「生きている地球指数(Living Planet Index=LPI)」がある。世界自然保護基金(WWF)とロンドン動物学会(ZSL)が共同で発表するこの指数は、世界各地に生息する野生脊椎動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)約5000種の個体数の変化を追跡し、1970年を基準に減少率を算出している。直近の報告によれば、1970年から2020年までの50年間に、対象となる動物の個体数は平均で73%減少した。
この深刻な生物多様性の危機は、単なる環境や倫理の問題にとどまらず、企業経営や経済活動の根幹を揺るがすリスクとなる。現代の産業構造は、直接・間接的に自然の恩恵に支えられており、農業、漁業、林業、製薬、繊維、観光といった幅広い分野が自然資本に依存している。たとえば受粉を担うミツバチやチョウの激減は農業生産に打撃を与え、熱帯雨林やサンゴ礁といった生態系の破壊は、新薬開発の可能性すら閉ざしかねない。LPIの数値は、こうしたビジネスモデルが抱える構造的な弱点を示唆している。
生物多様性の損失は、サプライチェーン全体に波及する構造的リスクでもある。森林破壊が進めば土壌劣化により木材や天然ゴムなどの安定供給が難しくなり、海洋資源の枯渇は漁業や水産加工業にとどまらず、食品流通や外食産業全体に影響を及ぼす。また、生態系の変化は自然災害の発生頻度や規模にも影響し、操業停止リスクや保険料増大など、企業経営に実質的な損害をもたらす。こうした複合リスクはグローバルに展開する企業ほど無視できない経営課題となっている。
このような背景から、金融機関や機関投資家も生物多様性に注目し始めている。かつては気候変動がESG投資の主軸であったが、現在では自然資本の保全が新たな評価軸となりつつある。企業にとっても、LPIをはじめとする自然関連指標への対応が、資金調達や株主対応における競争力の一部を形成する時代が到来している。
企業と地域コミュニティ
生物多様性への取り組みは新たな事業機会にもつながる。たとえば土壌の再生や炭素隔離を意識した「再生型農業」や、マングローブや海草といったブルーカーボン生態系を活用した温室効果ガス削減サービスなどは、成長が期待される分野である。環境に配慮した製品やサービスは消費者からの支持を集めやすく、ブランド価値の向上にも直結する。特に若年層や欧州市場では、環境配慮型企業に対するロイヤルティが高く、持続可能性は事業戦略上の重要な差別化要素となっている。
企業が持つ技術や資本、人材を生かし、生物多様性の保全や回復に積極的に関与することは、社会的責任の遂行にとどまらず、地域コミュニティとの信頼構築にも貢献する。実際、多くの企業が植林活動や生物調査の支援、地域保全プロジェクトへの参画などを通じ、事業の持続可能性と自然再生の両立に向けた取り組みを始めている。
LPIが突きつける現実は、経済活動全体が直面するリスクの可視化であり、もはや環境専門家だけの問題ではない。企業は自らの事業が自然に与える影響を正確に把握し、経営の持続可能性を確保する責任を負っている。自然と共生する経済への転換こそが、21世紀型ビジネスの新常識となる時代が、すでに始まっている。