米巨大テックは脱炭素を原子力に託す
NewsPicks(ニューズピックス)ニューヨーク支局長 森川 潤さん

もりかわ・じゅん 1981年米国ニューヨーク州生まれ。トロント大学留学、京都大学文学部卒。産経新聞を経て、週刊ダイヤモンドでエネルギー業界を担当。2016年ソーシャル型オンライン経済メディアのNewsPicksに参画、19年から現職。著書に、『アップル帝国の正体』(共著、文芸春秋)、『グリーン・ジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』(文春新書)など。
米欧で気候変動に揺り戻し
――気候変動問題に懐疑(かいぎ)的なトランプ米大統領が正式に就任しました。世界の脱炭素・エネルギー政策にも影響を及ぼすと指摘されています。
「2024年の米大統領選で気候変動問題はほぼ争点にはなっていませんでした。これはバイデン氏が勝利した4年前の大統領選とは大きな違いでした。米国では23年秋以降、生活者の暮らしを直撃する急激なインフレ進行を背景に、気候変動対策に対する肌感覚が変わってきたと感じています。気候変動対策に積極的なマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏や民主党のオバマ元大統領が、地球の平均気温の上昇を産業革命前に比べて1・5度以下に抑えるべきとするパリ協定の1・5度目標の達成に懐疑的な見解を示すなど、気候変動対策を訴えるコミュニティーの中でも1.5度に対する温度差が出始めていました。米国の気候変動対策は4年前と比べて確実に進んではいても、急進派がまい進した23年秋までとの比較では揺り戻しがあったのは間違いなく、気候変動には大統領選前から逆風が吹いていました」
「ただ、トランプ政権が化石燃料重視でも、大量の電力を消費するAI(人工知能)の進化やデータセンターの増設によって米国の電力需要は大幅な増加が見込まれています。この電力需要増に化石燃料だけで対応していくのは現実的ではなく、今米国では脱炭素電源として平均運転年数42年、一部で最長80年運転が認められている原子力発電所の運転期間延長や停止原発再稼働への動きが起きています」
――バイデン政権は気候変動対策を強化するため、22年8月に『インフレ抑制法』を成立させ、産業支援に巨額の補助金を投じてきました。気候変動への逆風や政権交代は産業政策にも影響するのでしょうか。
「『インフレ抑制法』は、今や気候変動対策よりも対中国政策として米国製造業の復権が一番大きな狙いになっています。これはトランプ政権とも利害が重なる部分であり、政権交代後も急に変わることはないと思います。また、気候変動対策での再生可能エネルギーの導入や電気自動車(EV)用蓄電池などグリーン関連の工場立地は共和党が地盤としている州の方が多く、州政府が恩恵を受けているプロジェクトを止めるようなことは考えにくいと思います」
――EV販売で苦戦する欧州連合(EU)の脱炭素政策の現状をどう見ていますか。
「欧州経済は22年夏以降低迷を続けており、相当厳しい状況にあります。私が23年秋から冬にかけて取材でドイツに2カ月ほど滞在した際にも、経済の厳しさを肌で感じました。特に気候変動対策やエネルギー政策では、巨額の資金が必要な話ばかりで、不安を感じていたところ、EVの販売不振によるフォルクスワーゲン(VW)の経営不振が表面化しました。このVWの苦境以上に衝撃だったのは、VW、BMWなどが16年にスウェーデンで設立したEV用電池メーカー・ノースボルトが24年11月に経営破綻したことです。中国製電池依存から脱却する『EUの希望の星』とされたノースボルトの破綻は、脱炭素の実現を急ぐあまり、経験不足のまま潤沢(じゅんたく)な資金だけが集められ、急速に身の丈以上の事業を展開してきた結果の象徴的な例といえ、他の脱炭素関連事業も同様で順調に進んでいるとは言えません。EUは35年までにガソリンなど化石燃料を使うエンジン車の新車販売を禁止する規制を決めていますが、5年程度遅らせることになっても不思議ではない状況だと思っています」
MSの原発活用策に全米驚く
――米国は24年11月の第29回国連気候変動条約枠組み締約国会議(COP29)で、50年までに原子力発電容量を3倍の3億キロワットに拡大する計画を発表しました。
「国際的に原子力が注目されているのは事実で、エネルギー業界の常識が変わってきたと感じています。米エネルギー情報局によると、24年の米国の電力需要は約10%増加し、20年ぶりに過去最高を更新する見通しです。今後も電力需要は増え続けることが予想されており、減少イメージだった電力需要が増加に転じ、大量の脱炭素電気をつくらなくてはいけない時代が現実になっているのです。そんな時に、再エネは太陽光は伸びていても風力は世界的なインフレで部材費が急騰し、特に洋上風力は建設コストが1・5倍~2倍に膨らむなど厳しい状況です。原子力は脱炭素に貢献する電源として、実際の経済活動が必要とするようになってきているということです」
――米国では最近、巨大テック企業が原発の利用に動いています。
「マイクロソフト(MS)、グーグル、アマゾンなどの巨大テック企業は今、AI事業に必要な新設データセンターの電力を再エネでは足りないため、ガスタービン発電でまかなっています。しかし、早期の脱炭素化を掲げている各社はガスタービン依存を続けるわけにはいきません。将来をにらんで投資している核融合発電も実用化は相当先になるため、今は数年先にも実際に電力供給を受けられる脱炭素電源として原子力に強い関心を寄せています。マイクロソフトは24年9月に、1979年に2号機がメルトダウン事故を起こしたスリーマイル島原発で運転停止中の1号機を28年までに再稼働させ、発電電力の全量を20年間にわたって購入する契約を結び、全米を驚かせました。グーグルは10月、次世代原子炉の小型モジュール炉(SMR)の開発会社とSMRで発電した電力の供給を受ける契約を締結。アマゾンもペンシルベニア州にある原発に隣接するデータセンターを買収したのに続いて、SMR開発企業2社への出資を決めました。直近ではメタが12月、30年代前半に原発から電力調達するための事業提案を募ると発表しました。また、AI向け半導体大手のエヌビディアも原発活用に前向きで、ジェンスン・ファンCEOは『原子力はAIとの親和性が高く、素晴らしいエネルギー源』と評価しており、巨大テック企業の原発利用の動きは今後も広がりそうです」
――一方日本では、経産省は24年12月、再エネと原子力を脱炭素電源として「最大限活用すべき」とする40年度に向けたエネルギー基本計画の素案を発表しました。
「40年度の再エネ比率を4~5割とし、特に太陽光を22~29%に増やして最大電源と位置づけたのは正しい選択だと思います。太陽光拡大の柱となるビルの外壁にも設置できるペロブスカイト太陽電池は元は日本発の技術であり、政府支援を含めて世界をリードする製品に育成していく政策も必要です。一方、原子力は福島と同じ型の原子炉で東日本大震災の被災地に立地していた女川原発が再稼働した意味は大きいと思います。原発に対する反発が強い日本でも、原発が動いている西日本と動いていない東日本で家庭用で2割、産業用では最大5割ともいわれる電気料金格差は生活者の心に影響するでしょう。ましてや、日本でもデータセンターの増設が進むと、テック企業は脱炭素電源である原子力が選択肢になります。米国の議論を見ていると、日本で原発の寿命延長議論が進展しても不思議ではないと受け止めています」
――欧米の脱炭素政策の揺り戻しの中で、日本の戦略はどうあるべきですか。
「米国では今、気候変動だけでなく多様性も含めてバイデン政権4年間の揺り戻しが起きています。日本は急激な変化に慎重だったから、EV化でも現状がちょうど良いペースになっている部分はあります。50年のカーボンニューラルは動かないとしても、ドイツをはじめEUは経済低迷下で脱炭素化を急いだダメージは大きく、政策の転換点を迎えています。日本は良くも悪くも激しい変化を嫌う国民性が結果的に奏功したと言えますが、先進国以外での脱炭素は予想以上に進んでいます。再エネとEVが進んでいくのは間違いなく、日本も新しい脱炭素イノベーションを生み出し、世界をリードしてほしいと思います」
米巨大テック各社の原発利用計画
マイクロソフト | ・スリーマイル島原発1号機(83万5000キロワット)を2028年までに再稼働させ、20年間全発電電力を購入する長期契約を締結 |
---|---|
グーグル | ・次世代原子炉のSMR開発会社と電力調達契約を締結。30年~35年に計7基を稼働、総発電能力は50万キロワット |
アマゾン |
・ペンシルベニア州の原発隣接のデータセンター買収 ・SMR開発2社に投資。39年までに計最大1260万キロワットのSMR稼働 |
メタ | ・30年代前半に原発から電力調達する事業提案募集。調達目標は計100万~500万キロワット |