中部経済連合会会長/水野明久氏に聞く/持続的な賃上げ環境を/イノベーション創出へ/「中部圏ビジョン」を策定/中部圏特集/第2集 23~32面
円安に伴う原材料高や物価高などを受け、企業を取り巻く事業環境は厳しさを増している。新型コロナウイルスが感染症法上の5類に移行後、対面型サービス業を中心に経済は回復に向かっているものの、人手不足が深刻化。人手の確保や生産性向上が課題となっている。愛知、岐阜、三重、静岡、長野の中部5県を活動エリアとする中部経済連合会の水野明久会長(中部電力相談役)に、中部経済の先行きや中経連の活動方針について聞いた。
―景気の先行きはどう見る。
「緩やかに回復する基調に変化はないとみている。自動車業界の認証不正問題の影響で車両生産が少し落ちたが、これは一時的であり、当地の経済の先行きは、成長を続けていくと思う。ただ、米中経済の先行きや海外の政情不安は心配なところだ。米国や中国の経済が安定しなければ、輸出産業にも影響が出てくる。為替市場などの実体経済への影響についても引き続き注視していく必要がある」
―春の労使交渉について。
「われわれが思っていた以上に賃上げに動く企業が多く、評価している。労働組合の要求に対し、満額回答する企業も目立っている。大手企業では賃上げ率の平均で5%以上の高水準で妥結しているデータもあり、今後集計される数値などについて、しっかり見ていきたい。直面する物価高や人手不足を乗り越え、力強い未来を切り開くために、物価上昇に負けない持続的な賃上げなど、人への投資が不可欠と考えている。物価上昇圧力が残り、実質賃金の伸び率は前年割れの状態が続いている。今後の経済成長に向けて内需拡大を持続させるためにも、実質賃金の伸び率がプラス基調に転じ、消費を下支えすることが重要だ。順調にいけば、夏以降には実質賃金の伸びがプラスになるとみられている。賃上げの流れが中小企業に波及していくかが鍵になる。中小企業の経営者が将来の先行きに自信を持つことができれば、賃上げにもつながると思う。そうしたマインドを醸成していくためにも、経済界としては、取引価格の適正化を呼び掛けていく。物価上昇に伴う仕入れ値への価格転嫁は進むようになってきたようだが、人件費分もしっかりと価格転嫁できるように、大手企業が中心となりメッセージを出すことが求められる。人件費の上昇分を価格に転嫁し、賃金上昇や消費につながっていくことを期待している。政府が掲げる『賃金と物価の好循環』に向け、総じていい方向に進んでいると思う」
―21年6月に、25年までの5年間の中期活動指針として「ACTION2025」を策定した。4年目となった今年に重点的に取り組む事業は。
「5年間の中期活動指針として、『付加価値の創造』『人財の創造』『魅力溢れる圏域の創造』を3本柱としている。付加価値の創造に向けては、次世代モビリティー社会の構築やカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)の実現に向けた産学官連携に加え、今年7月に開設から5周年を迎える『ナゴヤ イノベーターズ ガレージ』を拠点に、イノベーション創出に向けた取り組みを強化していく。イノベーションの連鎖を生み出すためには、魅力ある『まちづくり』も同時に進めることが重要だと考えている。ガレージを起点とした名古屋の栄周辺エリアが、人を呼び込み、活力ある街へと進化できるような取り組みを今年から始めていく。また、ガレージで行うスタートアップの育成プログラムに関しては、マインド形成に関してもっと力を入れていきたい。当初は、大学生向けからスタートしたが、高校生、小学生らを対象にしたプログラムに発展させている。イノベーションを起こしたいと思ってもらえる年齢層を増やしていくことができれば。起業家精神などを幼少期から感じ取ってもらえる、思いを共感してもらえる取り組みも大事だと考えている。愛知県が建設中のスタートアップ支援拠点「ステーションAi(エーアイ)」が10月にオープン予定であり、さらなるイノベーションの起爆剤につながっていくことだろう。中部地方には、イノベーションに関する拠点が複数あるが、それぞれが連携することで、面的な広がりが期待できる。中経連としても、地道に取り組んでいきたい」
―人手不足の課題も深刻になっている。
「企業の生産性向上に資するDX(デジタルトランスフォーメーション)推進や、外国にルーツを持つ方々が当地で暮らし、働き続けるための環境整備に向けた取り組みなどを支援し、多様な人材の育成、確保に貢献していく。リカレント・リスキリング教育の推進に向け、企業ニーズと大学の講座をマッチングする試みなどを進める」
―観光や防災など、中部の広域で取り組む課題について。
「観光や防災など広域で共通する課題の解決に向け、引き続き産学官の連携を深めるほか、人流と物流の活発化を促す交通インフラの整備に向けた活動などに注力していく。特に、東海道新幹線などにリニア中央新幹線を加えて誕生する『日本中央回廊』は、国が直面する人口減少や東京一極集中、国際競争力低下などの諸課題を乗り越え、力強い経済の再生に向けた道を切り開く起爆剤になると考えている。リニアは、難工事が予想される静岡工区の着工時期がまだ分からないが、早期の開業に期待している」
―経済産業省が航空機産業に関する有識者会議を開き、35年以降をめどに次世代の国産旅客機の開発を目指す新たな産業戦略を策定した。
「国では、有識者を集めて将来の航空機産業に関する議論を進めてきたのではと思う。国産初の小型ジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)は開発中止となったが、蓄積してきた技術力をそのままにしておくのではなく、経験を生かそうという考えなのではないか。航空機に関する、さまざまな開発要素を複数社で協力しながらやっていきましょう、というメッセージが国から出されたことは、明るいニュースだ。時間軸がどうなるのかは分からないが、国としても、ぜひとも航空機産業の発展に力を入れてもらいたい」
―中経連として、50年ごろを見据えた新たな「中部圏ビジョン」を策定する方針だ。
「50年ごろの社会を見据え、中部圏が目指すべき姿を描いた新たなビジョンを策定するとともに、その実現に向けて中経連が果たすべき役割や、30年ごろをめどとした具体的な取り組みを明確にし、当地としての特長や独自性を一層打ち出していきたいと考えている。(中経連の)各委員会で議論してもらう時間をつくり、本年度中にビジョンを策定したい」