エネルギーもAIも社会と共生する技術
日本大学文理学部准教授、次世代社会研究センター(RINGS)センター長
大澤 正彦さん
おおさわ・まさひこ 1993年生まれ、東京都出身。東京工業大学付属高校、慶応大学理工学部情報工学科をいずれも首席で卒業。2014年学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」(17年5月まで代表)が日本最大級の人工知能コミュニティーに発展。IEEE(米国電気電子学会)Young Researcher Award(最年少記録)をはじめ受賞歴多数。20年3月慶応大学大学院理工学研究科博士課程修了。同年4月から現職。著書に『ドラえもんをほんきでつくる』(PHP新書)
擬人化研究では日本がリード
――大澤さんは日本を代表するAI(人工知能)研究者ですが、まず研究者としての歩みや現在の研究などからお話を伺えないでしょうか。
「物心ついたときから『ドラえもんをつくる』ことが夢で、ずっと『ドラえもんをつくるって何だろう?』と考えてきました。AIに興味を持ったのは、ドラえもんをつくるうえで必要だったからです。今はAIに軸足を置きながら、認知科学や神経科学など、知能に関する研究領域を広げ、ドラえもんに必要なAIはどのようなものなのかを考えながら研究しています。精度の高い道具としてのAIはこれからも急速に進化していくと思います。しかし、その科学技術と一緒にいる人間は前向きな気持ちでその進化を捉えられているのかというと、必ずしもそうではありません。このため私の研究室では、人間とロボット(AI)が共存する未来を目指して、HAI(ヒューマンエージェントインタラクション)の研究に取り組んでいます」
――生成AIである「ChatGPT(チャットGPT)」の公開以来、世界中でAIへの関心が高まっています。その一方でAIに対する懸念をあおる風潮もあります。
「個人的にはチャットGPTを使えば良いと思いますが、仕事が奪われるとの意見もありますし、一部には一社独占に歯止めをかけるといった政治的意図によるものなのか、国や地域がAIを規制する動きも出ています。しかし、科学技術発展の歴史の中ではオートメーション化が進み、人の仕事が機械にとって代わられることは、これまでも起こってきました。ただ、AIが他の科学技術と異なる点は、『人が支配される恐れ』という独特の懸念があることです。そこにはAIを擬人化する認知が働いています。科学技術を擬人化すると、その技術が悪意を持つのではと考えてしまう場合があります。AIを判断するうえでの注意点は、『擬人化すべきでないものを擬人化していないか』ということで、擬人化の適切性を見極めるべきだと思います」
――日本のAI研究は米国に比べて遅れているといわれています。
「AIの開発では、大量のデータを収集し、大量の高性能コンピューターを使って学習させ、精度を高めています。大量のデータ収集能力を持つ国が一番強くなります。データはインターネットから収集するため、インターネットでの勝者である米国が自動的に勝利する戦いを仕組まれています。これでは日本に勝ち目はありません。そこで日本では、大量のデータを用いた精度の高さだけではなく、人間と深くかかわるAI技術があるのではないかとの視点からHAI研究が注目され、今はHAIの国際会議をリードしています。AIがロボットの中身、つまり頭脳の進化を目指しているのに対し、HAIは人間とAIを一体のシステムとして捉え、その全体を最適化することを目指す研究です。人が人に心を感じるように、AIにも『心』を持たせ、人とAIにも人間同士と同じような関係を築けるようにしたいと考えています。そこでポイントとなるのが擬人化です。『八百万の神』という言葉があるように、日本は人以外に対しても心を感じ、擬人化する発想や文化を持っています。HAIは、日本的な発想や文化を生かせる研究領域ですから、日本が世界のトップです。人とかかわるHAIの研究成果が実装されたロボットができれば、人間とロボットが協力し合う社会をつくっていけると考えています」
AIは大量の電気を必要とするため、AI研究者はエネルギー問題への関心が高い。(大澤研究室で開発中の人とかかわりあえるミニドラのようなロボット)
原子力も話しやすい話題に
――AIは大量の電気を必要とします。大澤さんはエネルギー問題を身近に感じておられますか。
「電気はAI研究者にとっては身近な存在です。自宅でAIに学習させようとすると、家の電気代が跳ね上がり、驚愕(きょうがく)する研究者もいます。チャットGPTに1回学習させるために使う電気代は約1000万円という、研究者の試算も耳にしました。同時にエネルギーはAIの先輩的な存在だと思っています。エネルギーが社会とともに歩んできた科学技術であるように、AIには負のイメージを持つ人も少なくなく、社会とともに歩んでいく科学技術です。エネルギー業界がいかに真摯(しんし)に社会と向き合ってきたのかを学び、将来、AIが社会とともに歩んでいくための準備となる見識を深めておきたいと考えています」
――いくつかの発電所を見学されたようですね。
「『火力発電所を視察したとき、私は泣いたんですよ』と、よく話をします。一つの科学技術に真摯に向き合って、自分の身体のように発電所を動かす、技術者の鑑(かがみ)のような方がいて、よく話を聞くと、自分があこがれていた技術者像そのものなんです。また、原子力発電所も見学したことがあります。そこでも、火力発電所と同様に、安全対策や保守点検などを突き詰めてやっていることに驚かされました。就職してから10年間、一度も稼働したことのない原発に毎日通い、安全性を高める作業をやり続けている技術者の話を聞いて、とんでもないことだと思いました。原発反対の声はよく聞きますが、実際に原発の近くに住む人たちに話を聞くと、反対一辺倒ではなく、むしろ応援している人もたくさんいます。発電所の社員の方が『当たり前のこと』として、周辺の多くの民家を訪問し説明に回っていたこともあるようです。発電所で働く人、一人ひとりの思いを知ったとき、エネルギーのことが分かったような気になっていた自分が恥ずかしくなりました。こんなにすごい人たちがいるのに、世の中にきちっと伝えられているのか、気になっています」
――今やエネルギーには脱炭素化が不可欠で、日本も2050年のカーボンニュートラル(CN)を宣言しています。
「CNを実現するためには当面、日本が保有する脱炭素電源の再生可能エネルギーと原子力を活用することが必要だと言われていますが、そのロジックでは国民全体を納得させることはできないと思います。『原子力反対の人の気持ちはどういうものなのか、何を知っていて、何を知らなくて、何を譲れないのか』という相手の『心』と向き合ったうえで、どういう順番でどういう説明をすれば理解を得られるのかを丁寧に考えるべきだと思います。これはまさにAIとHAIの違いと同じです。正しいことを正しいと突きつければ人は動くわけではありません。エネルギー業界が正しいことを説明することに注力してきたとしたら、HAI的な発想で何らかの突破口を開くことができるかもしれません」
――日本のエネルギー・CN政策についてはどう見ていますか。
「日本のエネルギーの現状や課題などを専門家や関係者の方から伺い、理解すればするほど、今の日本のエネルギーミックス(電源構成)には合理性があると思っています。私は根本的に発想が技術者なので、専門性や技術者へのリスペクトがあります。30年度目標の電源構成についても、水素・アンモニアの新エネルギーが10%程度になるのが理想と思いますが、再エネ36~38%、原子力20~22%という比率は理解できます。ただ、エネルギー問題が話しやすい話題になれば良いと思っています。今の若者は、口をはさむと面倒くさい人から叩かれるようなことには関わりたくないと考える人が多いです。その典型的な話題が政治と原子力などのエネルギー問題でしょう。そういう話しにくい話題でも、若者たちとともに自由な発想で話せて、何を言っても大丈夫という状態で話ができる〝安全地帯〟ができたら良いと思います」