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文学のふるさと 犬山市 「白帝城」北原白秋 古城の雄姿とネムの花 5歳の息子と旅した紀行文 

2階から東を望む、左に見えるのがネムの花
2階から東を望む、左に見えるのがネムの花

 国宝・犬山城(犬山市)は、別名「白帝城」と呼ばれる。江戸時代の儒学者・荻生徂徠が、木曽川沿いの小高い山にそびえる犬山城が、中国の名城白帝城を思い起こさせるとして名付けたと伝えられている。北原白秋の「白帝城」は1927年8月、白秋が5歳の息子・隆太郎と犬山を旅した時の紀行文だ。
 冒頭、名鉄電車を降りた父子はまず、犬山橋の中ほどで立ち止まり、木曽川を眺める。
 犬山橋は、犬山遊園駅と新鵜沼駅の間にある橋で、1925年に完成した。2000年まで、鉄道と道路が同じ橋を共用する「鉄道道路併用橋」だったことでも知られる。名鉄電車のすぐ横を自動車が走る光景を記憶している人も多いのではないか。
 犬山橋から下流を眺めると右岸に夕暮れ富士の別名を持つ伊木山が、左岸には犬山城が見える。犬山橋から眺めた犬山城を、白秋は「老樹蓊鬱(おううつ)たる丘陵の上に現れて、粉壁鮮明である」「まつたくかの城こそは日本ラインの白い兜(かぶと)である」と表現している。川岸にそびえる城の姿が印象的だったからか、「白い兜」という表現はもう一度繰り返して使われている。
 その後訪れた犬山城では、急勾配の階段をのぼり最上階から眺めた名古屋城や小牧山、瑞泉寺山などの絶景を詳細に記している。
 犬山城を所有する公益財団法人・犬山城白帝文庫の成瀬淳子理事長は、白秋の「白帝城」について「まるで水墨画を見ているような気持ちになる。犬山城を思って歩いてくれたことが分かる」と語る。
 天守からの眺望とともに、「二層目の入母屋の甍に」奥ゆかしく咲くネムの花に目がとまったとある。そして「ちかぢかと 城の狭間(さま)より見おろして こずゑの合歓(ねむ)のちりがたのはな」という句を詠んでいる。
 このネムの木は今もあるのだろうか。犬山城白帝文庫にたずねると「白秋が見たものと同じ木ではないが、2、3階(二層目)東からネムの木が見られる」という。行ってみると、まだ時期が早いものの、確かに薄紅の花がぽつりぽつりと咲いていた。
 ことし3月、犬山城は現存する12の天守のうち最古である可能性が高いという調査結果が発表された。幾多の戦火や自然災害、空襲を逃れ、100年以上前に白秋が見たかもしれない光景が今も見られる。やはり犬山城は奇跡の城だ。
 <あらすじ>北原白秋と息子の隆太郎との、初の2人旅の記録。犬山城のほか「彩雲閣」や建設中の「城山荘」の記述もある。東京日日新聞の「日本八景をめぐりて」という企画で、白秋は木曽川を担当した。
 <作者紹介>北原 白秋(きたはら・はくしゅう)1885年熊本県生まれ。詩人、歌人、童謡作家。詩集、句集だけでなく、「からたちの花」「この道」「あめふり」など、今なお歌い継がれる童謡を数多く残している。

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