「論説」英語の世紀の中で カイゼンは民族意識が育んだ

更新日:2010年 7月 2日 (金)

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 楽天が社内の公用語を英語にするとの話を聞き、グローバル企業の中には、そういう時代なのか、と頷く向きがあるかもしれないが、この種の報道に接していつも連想するのは、08年出版の「日本語が亡びるとき」というわが愛読書だ。
 「英語の世紀の中で」という副題がついており、著者は創作のかたわらプリンストン大学などで日本近代文学を教えるという水村美苗という人だ。
 同著は、ドルが世界通貨として流通するように、英語が世界の普通語として流通する時代の中で、それ以外の言語を母国語とする人たちの危機意識を追求している。
 世界がひとつになるにつれ、英語に翻訳されて初めて世界で認められる時代の到来は避けがたく、日本語など多くの国の母国語は、亡び去る運命にあるかもしれないからだ。
 しかし、著者が主張しているは、日本語の危機を嘆くことではない。日本には、日本語で語り伝えられてきた文化、日本語で表現されてきた感性がある。日本語で表現されたものは、世界の普通語への完全な翻訳は不可能であり、日本語でしか伝えることのできない深いものがある。
 著者は、日本語が亡びてしまいそうな状況にあるからこそ、日本語で語り続けることの大切さを静かに語り掛けているのだ。
 日本のものづくり産業、とりわけ自動車産業は、母国語のようなかけがえのないものとして育まれてきた。アメ車のようなクルマではなく、日本人に快適なクルマをつくりたい。そんな思いから、コンパクトな日本車が開発され、石油危機などの環境の変化から、海外でも注目されるようになったのだ。
 しかも、独自のクルマを開発しただけでなく、日本的な生産方式を確立したが、これらを根底から支えていたのは、焦土と化した日本の復興という熱い思いから始まる民族意識にほかならなかった。
 このような日本人の魂を込めた取り組みだったからこそ、「カイゼン」という日本語で表現し、この言葉は翻訳されることなく海を渡り、日本人の魂を感じさせる不思議な響きの言葉として、英語の中でそのまま用いられるようになった。
 もし、自動車産業が英語を公用語にしていたら、「カイゼン」という日本語が海を渡ることはなかったのだ。
 かつての小売業の雄、ダイエーも社内会議の英語化を試みた。ハワイのアラモアナショッピングセンターを買収するという、勢いのあったころのことだ。しかし、英語の使用を強いられたバイヤーが日本人の購買心理を読み誤ったのか、消費者から遊離した店づくりが進み、破綻への道を歩んでいくことになった。

 
 
 

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