「論説」世界経済停滞の中で 具体策が何かを見きわめる時

更新日:2012年 7月31日 (火)

 少し前までは、経済先進国と言われる国の中で日本経済の停滞感だけが際立っているような見方が支配的だった。日本だけが取り残されていくようで、政府の経済政策に対する批判もにぎやかに行われていた。
 このところ、その批判に勢いがなくなってきたかのような印象を受ける。日本だけでなく、欧米でも停滞感が高まってきたことと無関係ではないだろう。
 日本経済だけが際立って停滞しているように見えれば、もっと海外に目を向けるべきだとか、自虐史観が顔を出して、だから日本はだめなんだと、批判の勢いを容易に高めていくことができる。
 しかし、これから欧米諸国がかつての日本のように失われた20年状態に突入していく可能性が高くなってくると、批判することだけが好きな人も、だから日本はだめなんだとは言いづらくなってくる。
 たとえ批判のための批判だったとしても、にぎやかな批判の声が薄れてくると、日本全体が沈んでいくように感じられるものだ。
 にぎやかな批判はあたかも対案があるかのような雰囲気を醸し出し、対案があるかのような雰囲気は打つ手がまだあるかのよう雰囲気を醸し出す。逆ににぎやかな批判の声が薄れてくると、もはや打つ手はなさそうだという行き詰まり感が高まってくるからだ。
 しかしながら、これは喜ぶべきことなのかもしれない。なぜなら、にぎやかな批判がなされていた時は、にぎやかさばかりに目を奪われ、立ち止まってよく考えてみることから逃げていたような面があるからだ。しかし、これからはそういうわけにはいかなくなる。
 増税の前にやるべきことがあると言う人は、そのやるべきことが公務員数の半減なのか、福祉の大幅削減なのか、増税をしないで財政を再建するための具体策をはっきり示すべきだ。さらに、このような緊縮策が大不況を招きかねないことも語るべきだ。あるいは、増税反対論者が実はインフレ待望論者であることなどをしっかり見つめていくべきだ。
 また、経済成長が大切だと言う人は、単に経済成長が大切だということだけを述べるのではなく、少子高齢化が進む成熟社会の日本において、経済が確実に成長していく具体策を示すべきだ。
 具体策がないのならば、沈黙するのが責任ある大人の態度というものだ。具体策を持たない人のにぎやかな声は、具体策を地道に考えようとしている人の声をかき消してしまう弊害を生む。

 

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