トヨタ自動車と米ゼネラル・モーターズ(GM)が、合弁で車両生産会社「二ュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチュアリング」(略称NUMMI、カリフォルニア州フリーモント)を設立してから20年が経過した。80年代初め、「日本車の輸出攻勢が米国の雇用を奪っている」と日米貿易摩擦が激しさを増す中NUMMIは「競争と協調」を合言葉に、日米双方のトップメーカーが手を組むことを決断した歴史的なプロジェクトだ。このほど、20周年を祝う式典も現地で開かれた。今では日米関係も大きく変化し、声高に「アンフェア(不公正)」を説く「ジャパン・バッシング(日本たたき)」は聞こえてこない。トヨタにとっても北米事業は新市場というより、むしろ「第2のホームグラウンド」として最大の収益基盤となっている。
カリフォルニア州サンフランシスコ市内の高級ホテル、フォーシーズンホテル。張富士夫1位と2位に肉薄する3位の自動車メーカーのトップの会見に、日系メディアの現地特派員を含め約40人の記者が全米から訪れた。
「NUMMIのように、両社の2カ所目の合弁工場の建設は考えていないのか」。
「合弁事業でお互いが学んだことは」。
「ことしからトヨタが参戦する(トラックレース)『ナスカー』の勝算は」。
「事業運営費が高いカリフォルニアから、メキシコに生産を移転する考えはないか」……。
会見で出た質問は、NUMMIはじめトヨタ、GMの将来の事業計画に絡んだものが中心だった。
トヨタは昨年8月、米国市場でダイムラークライスラーを抜き、3位に躍進した。すでに米国でのシェアは10%を超えている。さらに、昨年1年間の世界販売でも、フォード・モーターを追い抜いた。米ビッグスリーを文字通り脅かす存在になっているにもかかわらず、トヨタの躍進に対するとげとげしい質問が飛び出すことは、最後までなかった。
また、日系メディアの日本での扱いとは対照的に、米主要紙、地元紙が「20周年」を取り上げることも少なかった。
「いわゆる将来計画のニュースがないうえ、『摩擦』もホットな話題ではない。インナー向けのイベントという見方からですかね」と、トヨタ関係者は漏らす。1984年には、トヨタは米国で82万台を販売していたが、全量日本からの輸出だった。
昨年のトヨタの米国での販売台数は190万台弱。うち110万台を米国、カナダの4カ所の車両工場で作った。サプライヤー、販売店も含めれば、トヨタは北米で約40万人もの雇用を創出している。
日米摩擦の再燃の可能性について、張社長は「現地化を推進し社会に貢献し、尊敬されるアメリカの会社になる。外国の会社というハンディをもつことから、これまで以上に知恵を絞らなければいけない」。
経営の根幹に触れる重要な問題という意識と、現地化推進の強固な意志をあらためて強調した。
(3回連載の第1回目を掲載)