『闘志乃王冠ー石田退三伝』を復刻連載

トヨタ中興の祖「石田退三伝」を復刻連載
足跡に不況克服のカギが

ishidataizo.jpg 中部経済新聞社は、郷土作家・岡戸武平氏が昭和39年10月6日から195回の長期にわたり弊紙に執筆した『闘志乃王冠ー石田退三伝』の復刻連載を始めました。昨年5月からスタートし、12月に連載を終えた城山三郎氏の『中京財界史』に続く第2弾になります。石田退三氏=写真=は「トヨタ中興の祖」と称され、トヨタ自動車が世界企業へと飛躍する礎を築いたと言われています。その足跡と経営手腕を通じ、不況克服のヒントを得てもらえればと思います。

一昨秋から吹き荒れる世界同時不況は、元気印とされてきた東海地区の経済にも影を落とし、その傷はいまも癒える状況にはありません。地域経済のけん引役を担うトヨタ自動車も、09年3月期の最終利益は赤字に転落しました。実に59年ぶりのことです。

当時、1949年のドッジ・ラインでトヨタ自動車は資金繰りに窮し、労働争議へと発展しました。金融機関からの資金回収にも遭い、倒産寸前にまで追い込まれました。しかし翌年、社長に就いた石田氏は現場を歩いては無駄を指摘し、合理化で危機的な状況を乗り越えたことで知られています。

その経営姿勢は、語録「自分の城は自分で守れ」に端的に表れています。「ムダ金は使うな、カネを貯めろ」と社員に号令をかけ、その徹底ぶりは現在のキャッシュフロー重視の無無借金経営へと発展しました。製造現場には「オシャカ(不良品)の半減」「資材の節約」「無駄排除」―の3点を強く求め、コスト削減による良品廉価という、現在の方針にも色濃く反映しているといえます。

一方で、企業人としての活躍ぶりは紹介されているものの、青年時代の足跡は決して多くは残されていません。愛知県知多郡小鈴村(現常滑市)の農家の五男として生を受けた石田氏が、どんな経緯で豊田佐吉翁と出会い、豊田自動織機、そしてトヨタ自動車のトップへと上り詰めたのか。伝記には当時、石田氏が身を置いた繊維業界の動向も政治や経済情勢とともに、ドラマチックに描かれています。

100年に一度といわれる今回の不況。石田氏は「不況克服に奇想天外な特効薬はない」と言い、製造業は「如何なる競争にも耐えうるような、強靭な生産体制の構築が不可欠」と不断の努力を求めています。没後30年がたち、自ら「佐吉翁から薫陶を受けた」と言うDNA、そして経済危機を乗り越えてきた経営手腕は、不況下の羅針盤にもなることでしょう。

 

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